ノルウェイの森風にFXを語るスレ

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僕は三十七歳で、そのときチャートはボリンジャーの下限に触っていた。その巨大なローソク足は支持線を抜けてどんどん下落し、105円に到達しようとしているところだった。ロイターでは欧州銀の巨額損失や救済合併の話が繰り返され、フランドル派の陰鬱な絵の背景のように見せていた。

やれやれ、またドイチェか、と僕は思った。

チャートの下落が一服すると売られ過ぎサイン(とはいってもそのサインは全く役には立たないのだけど)が消え、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れ始めた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏する、ビートルズの「ノルウェイ(年金)の売り」だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。

僕は頭が張り裂けてしまわないように身をかがめて両手で顔を覆い、「買い」のボタンを押した。ドイツ人のスチュワーデスがやってきてトレンドと逆だが大丈夫かと聞いた。大丈夫、ここがレンジの下限だから、と僕は答えた。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫です、ありがとう」

スチュワーデスはにっこりと笑って行ってしまい、音楽はアラン・グリーンスパンのジャズ・ミュージックに変った。僕は頭を上げて北海の上空に浮かんだ暗い雲を眺め、自分がこれまでのFXトレードで失ってきた多くのもののことを考えた。失われた時間、死にあるいは去っていった人々、もう戻ることのないお金。

飛行機が完全にストップして、人々がシートベルトを外し、物入れの中からバッグやら上着やらをとりだし始めるまで、僕はずっとあの市場の中にいた。僕は金の匂いをかぎ、市場の風を感じ、損切りの声を聴いた。それは一九六九年の秋で、僕はもうすぐ二十歳になろうとしていた。

 

僕の見立て(とはいってもその時はみんなそう思っていたのだけれど)とは逆にドル円は下落を続けた。その理由のひとつは僕の同居人が病的なまでにインフレ好きだったからだ。「あいつケチャップまで買入れるんだぜ」と言ったが誰もそんなことは信じなかった。ケチャップはときどき政府が買い入れるものだということを誰もしらなかったのだ。ケチャップというのは半永久的にスーパーマーケットで売ってるものだと彼らは信じていたのだ。「あれは異常性格だよ」と彼らは言った。みんなは彼のことを黒田とか突撃隊だとか呼ぶようになった。

僕の部屋にはピンナップさえ貼られていなかった。そのかわりアムステルダムの銀行の写真が貼ってあった。僕が投資セミナーの宣伝バナーを貼ると「わ、ワタナベ君さ、ぼ、ぼくはこういうのあまり好きじゃないんだ」といってそれをはがし、かわりに銀行の写真を貼った。みんなその写真を見て「なんだ、これ?」と言った。「突撃隊はこれを見ながらマスターベーションするんだよ」と僕は言った。冗談のつもりで言ったのだが、みんなあっさりとそれを信じてしまった。あまりにもあっさりとみんなが信じるのでそのうちに僕も本当にそうなのかもしれないと思うようになった。

突撃隊はある大学で為替平衡学を専攻していた。

「僕はね、ち、ち、ち、チャートの勉強をしてるんだよ」
「チャートが好きなの?」
「うん、大学を出たら日銀に入ってさ、ち、ち、ち、チャートを作るんだ」
なるほど、世の中にはチャートは作るもの、という考えかたがあるんだなあと僕は改めて感心した。彼は「チャート」という言葉が出てくると百パーセント確実にどもった。

「き、君は何を取引するの?」と彼は訊いた。
「外国為替」
「為替って外国の経済を勉強するの?」
「いや、そういうんじゃなくてね。ボリンジャーとか読んだりしてさ、研究するわけさ。一目均衡とかフィボナッチとかRSIとかサイコロジカルとかね」
ボリンジャー以外聞いたことないな、と彼は言った。僕だってほとんど聞いたことはない。FX攻略本にそう書いてあっただけだ。
「でもとにかく取引してるんだね?」
「別にしてないよ」

その答は彼を混乱させた。混乱するとどもりがひどくなった。僕はとても悪いことをしてしまったような気がした。「なんでも良かったんだよ、僕の場合は」僕は説明した。「株だってビットコインだってなんだって良かったんだ。ただたまたまドル円だったんだ、気が向いたのが。それだけ」しかしその説明はもちろん彼を納得させられなかった。
「わからないな」彼は本当にわからないという顔をして言った。「ぼ、僕の場合はち、ち、チャートが好きだから、ち、ち、ち、チャートの勉強してるわけだよね。そのためにわざわざと、東京の大学に入って、し、仕送りをしてもらってるわけだよ。でも君はそうじゃないって言うし……」
彼の言っていることのほうが正論だった。僕は説明をあきらめた。

 

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